円滑さを取り戻す
夫婦でいると、相手がここにいて当たり前、私がここにいるのは当たり前、そしてコミュニケーションは必要な連絡事項だけ。ギスギスした雰囲気が増殖するのは当たり前だ。
お互いが意地を張りあう時間。いったい何の意味があったのか。良いことは何もなかった。
会話がないのにわかりあえているはずがない。長年連れ添った夫婦でもそう思う。会話の大切さを痛感している。
笑顔から初めてみた。
相手の気持ちになって話を聞く。
相手が話している時に自分が何を話すのか考えているのではなく。
反芻し、寄り添うように。
傾聴って
傾聴することを考える機会があった。
私は、身近な人の話を聞き役になることが多い。
特に年上の人と。
話し好きの人から長い話を聞くだけの時は疲れることもあったが、自分は聞き上手だし、役に立っていると勘違いしてきたように思う。
今までの自分、会話をしながら自分の意見も話せずストレスを溜めていることもおおかった。なんともお粗末で、コミュニケーション能力のかけらもない自分だった。
ただ我慢をするだけではいけない。また別の場面で歪んだコミュニケーションをすることにもつながるらしい。
喋りすぎずおとなしいことは悪いことではないと漠然と意識にあったような気がするが、それも間違いだった。
傾聴することはスキルの1つであることを知った。ただ漠然と聞くことだけが傾聴ではない。相手も尊重し、自分も尊重される
コミュニケーション。お互いがWin Winの関係になるコミュニケーションをとることが傾聴である。
コミュニケーション
普段のコミニケーションスタイルはどうなのか
率直、対等、誠実、自己責任
相手と自分がwinになるようなコミニケーションをとっているか
自分のことは自分が1番よくわかっているはずだ。
正しいことは分かっていても
私が取りがちなのは防御的なコミュニケーションが多い。
そういう態度をとったとき、自分でもわかっていて後で後悔する。
またこんな言い方をしてししまった。
ちょっと自分はへり下り、遠慮しすぎなのではないだろうか。
きっと相手は引いているだろうな、
ネガティブに考え出すと落ち込むし、後悔する。
なんて自分はダメなんだと言う自己否定がはじまる。
経験から言うとそういうコミニケーションを取った後は必ずこんな感じだ。
ではそうならないためにはどうしたらいいのか。
自分が相手の頼み事を断りたい時
なぜできないのか自分の考えを自分の言葉で自己責任で素直に相手に伝え断っていく
ことが大事だという。
頭ではわかっているつもりだけどまだまだだ。
必要のない思考を減らしてゆく
ありとあらゆるものを整理していくことが充実した人生を歩むことには不可欠だというお話を聞いた。
そんな話を聞くとつい1日中整理整頓する思考になる自分。共感性が高いことが役立つこともあれば、その半分は厄介なところでもある。
先日、久しぶりに小説をよんだ。残虐なシーンがこれでもかというくらいあった。読み終えた達成感はあったが、その後の5日間ほどは、残虐さがいつも頭の中にありぐるぐる渦巻いて本当に辛くて重くて暗い日々を送ることとなってしまった。
そして、やっと吹っ切れたと思うと、77歳で寝たきりの叔母の別れの知らせがあった。叔母のお別れに寄り添った後は重い気持ちで過ごしていた。
陽転思考という考えを知った。
頭に思い浮かべても浮かんでは消え、そして答えが出ないままモヤモヤとする時間をなんとかしたい。
何がどうなのか、具体的に書き出してみた。
不思議と心がスッキリとしてきたことに気づく。
その他、約束していた友達との時間がキャンセルになったり、喋りたい友達となかなか会えなかった先週1週間は、ネガティブなことが多い1週間だった。
ネガティブになった気持ちを書き出して受け止め方を変換する。
日常の中のありとあらゆるものを整理することの中に、一日15分、ネガティブなかたちで放置されている自分の思考を整理する時間は、この先ずっと私に必要である。
考えさせられた
アレックスやティム、残虐で残忍な犯罪を起こしながらも心の奥底には虚しさしか残らないという感情があったところが印象的だった。
私は、こんな犯罪を起こす人間はそんな感情など一切ないもんだと思っていたからだ。でもアレックスたちはそこでなぜ犯罪を止められなかったのだろう、なぜ止められないんだろうとも思った。
やはり犯罪を起こす人間がグループになっていたり、犯罪を助長するような人間が周りにいる、何をしても足を引っ張る人間がいる、自己肯定感かあがる経験が全くないとか、予想できる答えは色々と頭に浮かんできた。
その中で救いだったのは音楽好きで聖書も嫌いでないところだったという事だ。本人はその意味に気づいてないけれど。
私たちは、絵画、音楽、自然などに惹かれる事は日常よくあるが、そういう文化や芸術に触れることというのはすごく意味があって大切な事なんだ再認識した。
そしてもう一つ思い出したことは、ニュースで死刑執行されたとか、死刑執行には賛成者と反対者人がいるということだ
。
そのことを考えるたびに、なぜこんな凶悪な犯罪をしているのにその犯罪者は生かされるかと疑問に思った。
こんな人間は生きる意味は無いのではないかととも思っていた。
しかし、アレックスの心の動きをずっと見ていて、物語の最後のほうにでは犯罪を起こしていたときのアレックスとは全く違う心を持ち始めているアレックスを見たし、そのことは、犯罪を起こした人に対する考え方を少し変えるものであった。すべての犯罪者に当てはまる事はないと思うし、若さも関係あるのだろうか。答えは出ないが、考えさせられる。
罪を憎んで人を憎まずと言う言葉すら頭に浮かんだ。
私は自分の中にこんな気持ちが浮かぶとは想像もしてなかったけど、アレックスの今後、全く誰もが経験することのない凶悪なことをやったアレックスは、自分の罪を償いながら、わけもなく犯罪を起こす若者に寄り添い世の中を変えていく役割を持つ人になるべきだと思うのは考えが甘すぎるのかとも思うが、少しそんな気持ちもよぎってしまう終わりであった。
もし、自分が犯罪の被害者だとしたら、
こんな悠長なことはきっと言えないと思うが。
全てを言い切ることが出来ないもどかしさだけが残ったような気がする。
1週間の振り返りと来週に向けて
例えば1月25日㈪から31日㈰、先週の私はどうだったのだろうか
朝起きて今日一日のやらなければならないことの重要事項をあげていきその日じゅうに実行していく。
一週間の初めもそうだ
私のやり方は、ただ、頭の中で思い浮かべては実行する。メモ等一切とっていなかった。
すると当然のごとく、気分が乗らないときは重要ではないことを先延ばしにするし、人から仕事を頼まれたときや、家族からの要望があったときなんかは、私の頭の中にあった予定表はあっという間に流れてゆく。
自営業と主婦をこなし、家族に合わせることばかり優先してきた自分。
最近になって思うことは、ここでちょっと振り返って、自分の行動の仕方を変えたい。そうでなければ、あれができなかった、これがしたかったのにという後々のストレスに押しつぶされそうになるからである。
先週の初めは自分の行動を
1仕事 2家のこと 3自分のこと 4自分以外の人のこと(家族も含む)
この4つに分けて
それぞれ、やるべきこと、したいこと、どちらでもいい急がないけどしたほうがいいことの3つに分けて1週間の初めにできるだけ細かく書いていってみた。1週間の最後に振り返り、次週につなげる目的で。
例えば、確定申告の書類を整理し、必要事項をパソコンに入力する。それを1月31日までにする。としてみる。締切を作るのは、自分との約束になる。そしてその作業をするためにはどんなことをする必要があるのか。細かく頭に浮かべメモもする。思い腰を上げて作業をする前に下準備が必要なことをできる範囲で細かくイメージしていく。
そんな作業を続けながら今週の1周間過ごしてみた。
まだ1週間しかたっていないが、意識して行動してみて気づいたことをまとめてみたい。
1気分が乗らないときは流してばかりいた仕事にちゃんと取り組むことができた。それは、伝票整理など不毛の作業だと思っていたが、今日中にやる!!と決めたことがきちんと実行できた。
2自分に足りなかったことは、コロナ渦で仕方ないといえばそうなってしまうが、ラインやメールで知り合いと交流することはあっても家族以外の人と実際に会うことが減っていること。
3突然の来客で自分の予定が変わってしまったとき、あたふたとして、何を優先して行動したらいいのか戸惑う時間が多かった。
4ブログの投稿ができた
5リズム良く家事が進んだ
他にも色々あるが、気づきがあったことはとても良かったと思っているし、書き記しておくことで次週にもつなげていくつもりである。
時々会いたくなる先生の地図探しの授業!🌸
私が小学生の頃と言えば、今から40数年前のことになりますが、その当時の担任の先生が名付けた地図探しという授業が今でも懐かしく、とても心に残っています!
当時は今のようにパソコンなどない時代でしたので授業は全て紙の本やプリントでした。そして、社会の授業で地理に関する勉強の時は必ず地図帳を社会の教科書と一緒に持参して学校へ行きました。
地図帳は、世界地図もありましたが特に日本の地理が詳しくのったものです。一言で言えば海の部分が水色で陸の部分が緑の本。今あるGoogle マップなんかは、一瞬で航空写真に変わったり、まるで自分がその道を歩いているかのような見え方に変わったりするので、昔の地図帳とは比べ物にはなりません。地図だけ見ていてもこの40年の間でどんどん人間の生活が進化していることに驚くばかりです。
先生の授業は、今思えば、退屈な地理の授業をどうしたら面白い時間に変えられるのか、アイディアを絞って考えられたものだったのです。
先生、あるいは生徒の1人がある1ページの中で、自分が決めた1つの地名を決めて皆に伝えます。そして、他の生徒はほとんど聞いたこともないであろうその地名を一斉に探します。答えを見つけた生徒は手を挙げて発表。
見つけて発表する、速さを競うだけの単純なゲームのような授業だったのですが、その授業時間だけは、いつも積極的な子やそうでない子もみんなが笑顔で、地名を探すゲームをワイワイと楽しめる時間でした。
生徒としてたくさんの授業を受けてきましたが、この先生の授業は他にも沢山ありましたが、とても楽しくて、今でも印象に残っている思い出になっています。
ITが発達した今では考えられない昔の風景ですが、私が今でもその先生に時々会いたくなるほど懐かしい思い出なのです。