役員をした時のことを思う
人と葛藤を起こしてもいい、自分は失敗する権利があるという考え。
他人と気持ちを通わせる為に随分と苦労したにもかかわらずその人との関係修復はかなわなかったことがある。
PTAの役員をした時、他の役員と一緒に行くべきだった買い物を、時間を急いでしまった私が、一人で行ってしまった。
四月一番最初の件からその人とはすれ違ってしまった。
急に口を聞いてくれなかったその人に、行動を早まったことを謝ったのだが、その人は1年間、私と口を聞くことはなかった。
その時私は自分の失敗は許されないことなのだと感じた。
しかし、1年間役を一緒にするその人と、全く会話なしで進んでいけるはずがないので、何度も私は、その人わかってほしいことを伝えた。
しかしその人は、役員外の人に、このやりにくさを話すだけで、いっさい私には話をしてくれることがなかった。
今思い出してもその一年は苦しい一年だった。
次々と来る行事をこなしていかなけれなならないのに。
先頭を切らなくてはいけない私はその時心は病む一方だった。
私の行動が、役員として、その人にとって許せないことだったんだろうと考えている。当然、私も、一言が足りなかった行動を反省している。しかし、1年間無視され、役員外の人に非難される日々は辛い時間でしかなかった。
今思えば、1年間で終わる役員の仕事だったから良かった。1年間逃げられないのは辛かったが、一年で終わる。これが自分の仕事なら、きっと続けることはできなかったと思う。
たった一年の時間に起こったことだが、今でも時々思い出す嫌な体験だ。
このこと以来、自分の気持ちを伝えることがいつも以上に苦手になったのかもしれないとか思ったりする。
しかし、その時、人と葛藤があって当たり前、自分は失敗する権利があるということを知り、そのような行動が取れている自分だったら、どうだっただろうか。
もう少し強い自分でいられたのではないだろうかと、そんなことを思った。